大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和62年(ワ)70377号 判決 1990年8月24日

本訴原告、反訴被告(以下「原告」という。)

株式会社梢総合企画研究所

右代表者代表取締役

大塚昌次

右訴訟代理人弁護士

岩本公雄

塚本重雄

本訴被告、反訴原告(以下「被告」という。)

株式会社ナショナルファミリー

右代表者代表取締役

河井謙

右訴訟代理人弁護士

平岩敬一

主文

一  被告は原告に対し、別紙小切手目録記載の小切手二通を引き渡せ。

二  原告と被告間において、株式会社第一勧業銀行が、昭和六二年六月一八日に、東京法務局へ昭和六二年度金第二七六二四号をもって原告及び被告を被供託者としたなした金六〇五七万二〇五四円の供託金の還付請求権者が原告であることを確認する。

三  被告の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ全部被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  本訴関係

1  請求の趣旨

(一) 主位的請求

主文一、二項同旨

(二) 予備的請求

被告は原告に対し、金三六〇〇万円及びこれに対する平成二年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  反訴関係

1  請求の趣旨

原告と被告間において、主文二項掲記の供託金(以下「本件供託金」という。)の還付請求権者が被告であることを確認する。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文三項同旨

第二  当事者の主張

一  本訴関係

1  請求原因

(主位的請求関係)

(一) 被告は、主文一項記載の小切手二通(以下「本件小切手」という。)を所持している。

(二) 株式会社第一勧業銀行(以下「第一勧銀」という。)は、本件小切手を振り出した。

(三) 本件小切手は、昭和六二年四月二二日に支払人に呈示され、呈示の日を表示し、日付を付した支払人による支払拒絶宣言の記載がある。

(四) 第一勧銀は、同年六月一八日に、東京法務局へ昭和六二年度金第二七六二四号をもって原告及び被告を被供託者として本件小切手金及び呈示の日から供託日までの利息金の合計六〇五七万二〇五四円を供託した。

(五) 被告は原告に対し、本件供託金の還付請求権者は被告であると主張している。

(六) しかしながら、本件小切手は、原告が明神勤(以下「明神」という。)及び山本清一(以下「山本」という。)に詐取されたものである。すなわち、本件小切手は、原告が第一勧銀に現金を預託して同銀行から振出交付を受けたものであるが、同人らは、共謀の上、同年四月二〇日、山本が神奈川県平塚市竜城ヶ丘六三番所在、山林1239.00平方メートルの所有者である大塚正夫(以下「大塚」という。)に成り済まし、原告代表者に対し、偽造に係る右土地の登記済権利証並びに大塚の印鑑証明書及び住民票写しを真正なもののように装って提出して右土地の売却方を申し込み、山本が大塚本人で、右登記済権利証等が真正なものと誤信した原告代表者から土地売買契約の手付金名下に本件小切手を騙取したのである。

(七)(1) 明神及び山本は、同月二一日、株式会社アイチ(以下「アイチ」という。)において本件小切手を換金しようとしたが、その際、第一勧銀に振出の確認をし、同銀行から、本件小切手は原告が騙取されたもので、同人らは正当な権利者ではない旨の返答を受けたアイチは、その旨を同人らに伝えたので、これにより、原告は同人らに対し、詐欺を理由に前記不動産売買契約及び本件小切手の交付行為を取り消す旨の意思表示をした。

(2) しからずとしても、原告は、同年六三年八月四日付書面をもって、山本に対し右同様の意思表示をし、右書面は同月五日に同人に到達した。

(八) 被告は、本件小切手騙取の翌日である同六二年四月二一日午後四時ころ、株式会社天幸オー・エス・ジャパン(以下「天幸」という。)の代表取締役大澤浄(以下「大澤」という。)から本件小切手を取得したが、(1)その際の被告の担当者は大澤と初対面であった山下隆文(以下「山下」という。)であったところ、同人は、大澤が小切手を持参しないで来店したにもかかわらず、大澤の「不動産取引で入った預手を現金化したい。」という話だけで本件小切手の現金化に応じ、一人で現金を持って取引場所のホテルに行ったこと、(2)山下は、金六〇〇〇万円の本件小切手を金二四〇〇万円で取得したこと、(3)被告は、大澤に対し元金二五〇〇万円、既発生利息約金一一〇〇万円の債権を有していたところ、山下は本件小切手の現金化に応じた際、大澤に右利息金の支払を請求していないこと、(4)山下は、振出確認が可能な時刻に本件小切手の現金化の依頼を受けたにもかかわらず、右確認をしないまま本件小切手を取得したこと、(5)山下は、本件小切手をもって被告の大澤に対する前記債権の元金を回収しておきながら、大澤に対して領収証、計算書等を発行していないことなどの事実からすれば、本件小切手取得の際、被告は、大澤が本件小切手の正当な所持人でないことを知り、又はこれを知らないことにつき重大な過失があった。

(予備的請求関係)

(一) 主位的請求関係の請求原因(一)ないし(三)及び(六)に同じ。

(二) 被告は、本件小切手が大澤が正当に所持するものでないことを知り、又は重大な過失によりこれを知らないで、金六〇〇〇万円の本件小切手を金二四〇〇万円で取得して差額の金三六〇〇万円を利得した。

(三) 原告は、被告が本件小切手金債権を取得したことにより本件小切手上の権利を失い、金六〇〇〇万円の損失を被った。

よって、原告は被告に対し、主位的に、本件小切手の引渡及び本件供託金の還付請求権者が原告であることの確認を求め、予備的に、不当利得に基づき、金三六〇〇万円及びこれに対する原告の平成二年三月六日付け準備書面(訴えの変更申立を内容とするもの)送達の後である同年六月二一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(主位的請求関係)

(一) 請求原因(一)ないし(五)の事実は認める。

(二) 同(六)、(七)の事実は不知。

(三) 同(八)の事実のうち、被告が本件小切手を取得した日時及びその相手方並びに(1)、(3)ないし(5)の事実は認め、その余の事実は否認する。

被告は、同六一年四月二一日午後三時ころ、取引先の天幸の代表取締役である大澤から本件小切手の割引依頼を受け、応対した被告の専務取締役山下は、預金小切手なので割引はするが、被告の大澤に対する貸付金二五〇〇万円を割引金の中から返済してほしいとの条件を提示し、大澤がこれを承諾したことから取引をすることにしたが、大澤が本件小切手を持参していなかったため、取引を品川パシフィックホテルで行うこととし、割引金から貸付金を差し引いた差額金三五〇〇万円を所持して大澤とともに同ホテルに赴いた。

山下は、同日午後三時二五分ころ、同ホテル一階ロビーにおいて、同所で待っていた男から本件小切手を受け取った大澤から割引金残金三五〇〇万円と引換えに本件小切手を受け取って同三時五〇分ころ帰社し、直ちに社員に本件小切手を渡して取引先である第一相互銀行南六郷支店の当座預金に入金させた。

被告は、預金小切手の割引も、店舗外で取引することもたびたびあり、銀行振出しの小切手であれば決済について問題がないことから取引を行ったものであり、本件小切手が騙取されたことにつき悪意でもなければ善意につき重大な過失もない。

(予備的請求関係)

(一) 請求原因(一)の事実のうち、主位的請求関係の請求原因(一)ないし(三)の事実は認め、同(六)の事実は知らない。

(二) 請求原因(二)、(三)の事実は否認する。

二  反訴関係

1  請求原因

(一) 本訴主位的請求の請求原因(一)ないし(四)に同じ。

(二) 原告は被告に対し、本件供託金の還付請求権者は原告であると主張している。

よって、被告は原告に対し、本件供託金の還付請求権者が被告であることの確認を求める。

2  請求原因に対する認否

すべて認める。

3  抗弁

本訴主位的請求関係の請求原因(六)ないし(八)に同じ。

4  抗弁に対する認否

本訴主位的請求関係の請求原因に対する認否(二)、(三)に同じ。

第三  証拠<省略>

理由

一本訴関係

1  主位的請求について

(一)  請求原因(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>によれば同(六)の事実が認められる。

(三)(1)  <証拠>によれば、原告は、本件小切手の騙取に気付いた昭和六二年四月二一日朝、支払人である第一勧銀にその旨の事故届を提出したこと、本件小切手の騙取は、明神及び山本のほか、瀧宏及び南里こと武者一雄(以下「武者」という。)の四名の共謀により敢行された犯行であるが、右共犯者の話し合いの結果、本件小切手の換金は武者が行うことになり、同人は、同日午前中に、アイチに顔が利くという第三者を伴って同社に赴き、右第三者を介して本件小切手の換金を図ったが、アイチが振出確認をした結果、第一勧銀から詐取を理由に本件小切手について事故届がなされている旨の返答があったため換金を断わられたこと、その際、武者は、アイチの職員から第一勧銀から右返答があったことを聞き、そのころ、これを山本ら他の共犯者に伝えたことが認められる。

原告は、右事実を捉え、これにより原告が山本ら本件小切手騙取の実行行為者に前記不動産売買契約及び本件小切手の交付行為を取り消す旨の意思表示をした旨主張するが、前認定の事実によれば、原告のした前記事故届は、本件小切手を騙取した山本らに対してなされたその返還請求及びその前提としての小切手交付行為等の取消しの意思表示ではなく、支払人である第一勧銀に対してなされた、正当な権利者でない者に本件小切手金を支払わないようにという注意喚起の申出にすぎないことが認められるから、本件小切手の事故届の内容が、銀行その他の第三者を介して結果的に山本らに伝わったからといって、これをもって本件小切手の原因関係又は交付行為を取消す旨の意思表示がなされたものということはできず、同(七)の(1)の主張は失当である。

(2) <証拠>によれば、同(七)の(2)の事実が認められる。

(四)(1)  請求原因(八)のうち、(1)及び(3)ないし(5)の事実は当事者間に争いがない。

(2) また、<証拠>によれば、請求原因(八)の事実のうち、大澤が、坂田某を介して明神及び山本らから悪意で本件小切手の換金を依頼されたにすぎないもので、本件小切手の正当な所持人ではなかったことが認められる。

(3) <証拠>によると、山本は、本件小切手を取得した際、大澤に現金二四〇〇万円を交付したこと(同(2)の事実)が認められ、証人山下の供述中、本件小切手を取得した際、被告の大澤に対する貸金二五〇〇万円を控除して現金三五〇〇万円を交付した旨これに反する部分及び<証拠>の記載中これと同旨の部分は前掲各証拠に照らして採用し難く、他に右事実を覆すに足りる証拠はない(被告は、前掲各証拠に明神及び山本らが本件小切手と引換えに被告から受け取った金員が金三五〇〇万円ではなく、金二四〇〇万円である旨の記載があるのは、被告から山本らに現金が渡るまでの間に両者の間に入った大澤らが差額の現金を抜き取った結果である旨主張するが、抽象的な可能性としてはともかく、具体的に右のような抜取りの可能性が存し、大澤らが現実に現金の抜取りを行ったことを認めるに足りる証拠はない。)。

(4) 本件小切手を現金化するに当たり、山下が右(1)及び(3)認定のようにした(ただし、同人は大澤に交付した金員は二四〇〇万円ではなく、金三五〇〇万円であると供述していることは前記のとおりである。)理由については、同人は、本件小切手が支払の確実な預金小切手であること、被告では過去にも年に五回ないし一〇回くらい預金小切手の割引をしたことがあるが、その際は格別問題なく支払を受けられたこと、大澤は、銀行の営業時間が終了した後である午後三時一〇分ころに被告事務所に来店し、「不動産取引で入った預手を現金化したい。」と言って本件小切手の換金を申し込んできたので、不動産取引の場合、何人かいる不動産仲介業者に対し手数料を分配するのに即座に現金が必要であるのが通常であるとの認識から、同人の右申し出を信じてこれに応じたこと、その際、被告の大澤に対する元金二五〇〇万円の貸金があったことから、条件としてこれを差し引くことを提示し、その承諾を得たので、長期の焦げ付き債権が回収できるので既発生の利息を免除したこと等を挙げ、本件小切手が事故小切手であることは知らなかったし、そのような疑問も持たなかった旨供述をしている。

(5) そして、<証拠>には、被告から年五、六回くらい預金小切手の取立て委任を受けたことがあるが、問題が起こったことは一度もなかった旨前記供述を一部裏付けるかのような部分も存し、また、山下の右供述中本件小切手が振出人と支払人が同一の銀行であるいわゆる預金小切手と称されるものであることは当事者双方の主張から明らかであり、このような小切手は、通常支払が確実であることから、取引においてはほぼ現金と同様に観念されていることは当裁判所に顕著である。

このような支払の確実な小切手を取得する際、取得者について振出の確認をしない等原告の挙げる事情があったからといって、そのことから直ちにその者に悪意又は善意につき重大な過失があると断定できないことは明らかである。

(6) しかしながら、前認定の各事実並びに<証拠>によれば、大澤は、昭和六一年三月二五日から同年五月二〇日までの間に、セントラル自動車工業株式会社振出の手形小切手を差し入れるなどして被告から弁済期一箇月、利息月四パーセントの約定で金合計二五〇〇万円を借り入れたこと、ところが同人は、いったんは期限を切って右債務を返済すると書面をもって確約しておきながら、これを反故にし、その後も元金のみならず、利息の支払さえもしないで約一一箇月を徒過させたこと、被告に本件小切手を持ち込むについて、被告から大澤に前記貸金の返済を催告した事実も、その逆に、大澤が被告に右貸金を返済する旨の通知もなかったこと、本件小切手は、支払が確実な預金小切手であることが認められ、また、被告が、本件小切手を取得するに際し、大澤に金二四〇〇万円しか交付していないことから、被告は、本件小切手をもって右貸金元利金の少なくとも全額に近い額の返済を受け、大澤はこれを弁済したことが推認される。

(7) 右の事実からすれば、大澤は、被告に対する債務の履行につき極めて不誠実であったか、あるいは本件当時極めて資金繰りに窮していた状況にあったが、同人の被告に対する前記債務については直ちに返済しなければならない具体的事情はなかったこと、また、本件小切手は、仮に正当に取得したものでありさえすれば、被告のみならず、どの金融期間でも極めて容易に換金できることが認められる。

(8) しかるに、右のような態度あるいは状況の大澤が、被告に本件小切手の換金を依頼すれば、その金員から前記貸金の返済をせざるを得ず、その結果手元には額面の約四割の現金しか入手できない状況にあることを知りながら、他の金融機関ではなく、わざわざ被告に本件小切手の換金を依頼し、現に本件小切手をもって前記貸金の少なくとも大部分を返済し、額面金額のわずか四割にすぎない金二四〇〇万円を入手することで満足し、換金したのであるから、被告としては、大澤が本件小切手を正当に取得したか否かについて、同人の弁解にかかわらず疑問を持ち、時間的に振出確認が可能だったのであるから、少なくとも振出銀行に振出の確認をするなどしてから本件小切手を取得するべきであるのにこれをしないで(確認しさえすれば、本件小切手につき事故届が出ていることが容易に判明したことは前認定の事実から明らかである。)、額面金額のわずか四割にすぎない金員をもって本件小切手を取得したのであるから、被告は、本件小切手取得につき善意であるにしても、これにつき重大な過失があったものというべきである。

したがって、原告の請求は理由があるとして、認容すべきである。

2  予備的請求について

以上のとおり、原告の主位的請求は理由があるので、予備的請求についての判断はしない。

二反訴関係

1  請求原因について

請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

2  抗弁について

抗弁事実のうち、本訴主位的請求関係の請求原因(六)、(七)の(2)、(八)の事実が認められることは原告の主位的請求に対する判断で述べたとおりであるから、被告の反訴請求は失当である。

三結論

よって、原告の本訴請求は相当であるから認容し、被告の反訴請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官鈴木秀行)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例